週末、実は店は暇だった。一日を通して特に商売になるような状況ではないので、別に店を開ける必要はなかったのだ。内海唯花が店に来たのは、静かにネットショップで売る商品を作ることができるからだ。そこへ牧野明凛もやってきた。内海唯花が店にいるのを見て、牧野明凛はとても驚いて言った。「唯花、今日は日曜日だよ。どうして来たの?いつもなら甥っ子を連れて公園に遊びに行ってるじゃない」「ネットショップに新しい商品を出さないといけないから」内海唯花は売る小物をハンドメイドしながら、頭を上げて親友に笑って言った。「あなたこそどうしたの?」「聞かないで。お母さんにぶつくさ言われて耐えられなかったから店まで来たんだから」「おばさん、どうしてまた?」「あの日の夜のパーティで私が高値の錦鯉のオスを釣れなかったこと責めてるんでしょ、どうせ。お母さんったら上流階級の御曹司が簡単に糸に引っかかるもんだと思ってるのよ。自分の娘がそれに見合うのかも考えないでさ。私を絶世の美女だとでも思っているのかしらね」内海唯花はぷっと吹き出しだ。世の中の親というものはだいたいこういうものだろう。娘が結婚適齢期になったら、娘の結婚という人生の一大イベントにやきもきし始めるのだ。二十五歳と聞くと親の世代は、女は二十五過ぎたらもう歳で、売れ残りというクリスマスケーキ理論を展開する。しかし今の時代、この年齢はまだまだ若いうちに分類されるのだ。「お母さんったら、おばさんが彼氏紹介してあげるっていうんで、今晩カフェにお見合いに行ってこいですって。夜にカフェでお見合いなんてさ、ほんとコーヒー一杯で朝までお見合いできそうよねぇ」「唯花、今晩ついて来てくれない?」内海唯花は首をでんでん太鼓のように横に振った。 「唯花ちゃーん、首を横じゃなくて縦に振ってよ。私たち親友でしょ、お・と・も・だ・ち!唯花が一番義理堅いんだから、友達のためなら命も惜しまないでしょ?」「私義理人情に厚い人間じゃないから。あなたのために命を差し出す人なら、他をあたってちょうだいな」牧野明凛はご機嫌取りにこう言った。「男の人とちょっと話したら、美味しいもの食べに連れてくからさぁ」「私お金には困ってないので。食べたかったら自分で行きますから、奢ってもらう必要なんてございません」内海唯花は親友と一
おばあさんは内海唯花のハンドメイドの作品をいくつも受け取っていた。 中には細部まで丁寧に作られており、本物の花に見間違うようなビーズ作品もあった。おばあさんはそれを家の目に付く場所に飾っていた。それがどれほど価値のあるものではなくても、孫息子の嫁からの心がこもった贈り物だ。お客さんが訪問した時に、それを見て内海唯花の器用さに感嘆していた。おばあさんはここぞとばかりに内海唯花の作品の販路拡大をしていたのだ。実はその人たちがみんな内海唯花のネットショップで購入していて、こっそり陰で内海唯花の売上に貢献していたのだ。「結城おばあさん、お水をどうぞ」牧野明凛はおばあさんに水を持ってきた。「ありがとう、お嬢さん。あなたも今日ここにいるのね」「ええ、母からしつこく結婚の催促をされてなければ、店に隠れに来たりしなかったんですけどね。いっつも私のお見合いを勝手に決めて、売れない商品扱いされてる気分ですよ。今晩もカフェに行ってお見合いして来いなんて言われちゃって。それで今唯花に一緒に来てもらえないか頼んでいたところなんです」おばあさんの瞳がきらりと光り、笑みを浮かべて言った。「私はお母様のお気持ちがわかりますよ。今理仁以外の孫たちの結婚に頭を悩まされているんですから。いくら言っても聞いてくれないし。あの子たちにお見合いに行かせようとしたけど、一人も行かないのよ」「唯花ちゃん、今晩このお嬢さんに付き添って行ってきたらどうかしら?」内海唯花「......」おばあさんはなんと彼女に明凛のお見合いに付き合うように助言してきた。「あなたとこのお嬢さんは親友なんでしょ。彼女が行くなら一緒にあなたも行って、彼女と一緒にお相手の方をしっかりと見て評価するのも良いことだわ。なんといってもあなたはもう経験者なんだから」牧野明凛は激しく頷き、おばあさんは天の助けだと思った。「唯花、一緒に来てよ。あなたが来ないなら私も行かない。代わりにお母さんをどうにか言いくるめてちょうだい。いっつもお見合いを勝手に計画しないでって」牧野明凛は内海唯花に甘えてきた。おばあさんはまた隣で悪事の手助けをし、内海唯花は静かになりたかったので、仕方がなく言った。「今回だけですからね、二度目は絶対にないわよ!」「やった、唯花ってやっぱり最高の友達だわ」牧野明凛は親友
おばあさんは笑って言った。「なんでそんなに及び腰になっているの?あなたたちはもう結婚して立派な夫婦なんだから。理仁から来ないっていうのなら、あなたから行かなくちゃ。おばあちゃんはひ孫の顔が見たいのよ」内海唯花は顔を赤く染めて言った。「おばあちゃん、これ言うと怒るかもしれないけど、おばあちゃんのお孫さんにあんなに厳しくて冷たい顔を向けられたら、キスすらできないわ」おばあさん「......」結城理仁のおじいさんは生まれつき厳しく冷たい人間だった。おばあさんが若い頃、おじいさんのことを気に入り、何年も彼のことを追いかけていた。あらゆる手を尽くし終えてようやく手に入れたのだ。「彼にキスするとしたら、まるで冷凍室で一年間凍らせた冷たくてカチカチの骨にキスするような感じよ。そのせいで歯が全部抜けたらどうしましょう」おばあさん「......」「おばあちゃん、私と理仁さんのこと、心配しないで。自然にまかせましょ」どうせ彼女もただルームメイトとして過ごすだけだ。おばあさんは心の中で拒否した。彼女が心配せずにいられるだろうか。この子はおばあさんのお気に入りの孫息子の嫁だ。二人の結婚話が出た時、彼女は孫娘の不満も考えていなかった。そして、全力で催促してこの結婚を成立させた張本人だ。もし内海唯花がこの結婚で不幸にでもなったら、彼女は死ぬまで自責の念に苛まれるだろう。「わかったわ。自然に任せましょう。ここはおばあちゃんが片付けとくから、自分のやることを優先してちょうだい」おばあさんは家でもじっとしていられない人だった。いつも庭師の手伝いをし草花を手入れしたりしていた。以前は琴ヶ丘邸の周辺にある田畑の手伝いまでしていた。息子や孫たちから言われてようやくそれをするのをやめたのだ。さらにまた自分の家の会社の掃除もしに行くつもりだったが、彼女がそう言うと結城理仁の顔は一瞬で雷様になってしまった。恐ろしくて彼女は行くに行けなくなってしまった。おばあさんが店に来て内海唯花とおしゃべりするのは今回が初めてのことではなかった。内海唯花もおばあさんが人生の大部分を苦労してきたことはわかっていた。だからじっとしてはいられないのだ。片付けなんて朝飯前だろう。それでおばあさんに本の片付けや整理をするのを任せて彼女は自分の仕事に集中した。ハタキを持って本棚にある本を
牧野明凛はもっと嬉しげに笑った。この話し方にユーモアがあるおばあさんが大好きだった。彼女はまだ結城理仁本人に会ったことがないが、親友からとても厳しくて冷たい人だと聞いていた。どうしてこんなにユーモア溢れるおばあさんからそのような孫が誕生したのだろうか。結城おばあさんとちっとも似ていないじゃないか。 すぐ結城辰巳がやって来た。 彼はお忍びで城下町まで遊びに来ていたお局様を迎えに来たのだ。このお局様はわざわざ彼に安い車で迎えに来るように伝えていた。 車庫にある一番安い車は使用人が買い物に行く用のBMWなのだが、それでも2000万はする車だった。新しいのを買いに行くのも間に合わないので、結城辰巳は庭師のピックアップトラックを借りるしかなく、その車でおばあさんを迎えに来た。 「義姉さん、ばあちゃんを迎えにきました」 結城辰巳は店に入ると内海唯花に挨拶した。 「ええ、気をつけてね。おばあちゃん、家に着いたらメッセージを送って」内海唯花はおばあさんと孫の二人によく言い聞かせた後、この日作った作品を二人に手渡した。彼女が結城辰巳に手渡したのは器用に作られた招き猫だった。 結城辰巳はそれを素直に受け取った。家でたくさん義姉の作品を見ていて、彼もとても楽しんでいたからだ。義姉の作るハンドメイドはそんなに高いものではないが、とてもきれいだと思っていた。 そしてすぐ結城辰巳はおばあさんを連れて帰っていった。 車が店から離れた後、おばあさんは二番目の孫に尋ねた。「この車どこで探してきたのよ?」 「田中さんがいつも肥料とか、鉢植えとか運ぶ時に使ってる車だよ。俺が借りてきたんだ。これなら義姉さんも何も疑わないだろ?」 一番上の兄が貧乏人を装っているので、彼らもそれに合わせて義姉の前では貧しいふりをしなければならなかったのだ。 しかし、これはこれで楽しかった。 結城辰巳はいつか兄が本気で義姉のことを好きになり、自分の正体を明かした時、義姉が騙されていたことを知ったら、どんな反応をするのか楽しみだった。 そうだ、実を言うと、彼は兄が彼女に振られ、彼女との関係を取り戻すのに必死になる姿を期待しているのだ。 「この車はやけに見覚えがあると思ったら、なるほど田中くんのだったのね」 おばあさんは携帯を取り出すと結城理仁に電話をかけた。 結
「あなたに何がわかるんだい?」このばあさんには計略があるのだ。結城辰巳はなにか悟って笑って言った。「ばあちゃん、また兄さんにドッキリを仕掛けるつもりなの?」おばあさんは横目で彼をチラリと見て言った。「これ以上無駄口を叩くなら、あんたに仕掛けるわよ」結城辰巳はすぐに黙りこくった。彼は兄に同情していたが、自分に災いが降りかからないように、やはり余計なことには口を挟まないほうがいいのだ。自分が死ぬより兄が死んだほうがよっぽど良いだろう。おばあさんは年を取ったいたずらっ子だ。子供心が非常に強い人で、自分の孫たちをつかまえて練習台にするのを楽しんでいた。一方、内海唯花は本屋を閉めて、親友からヘルメットを受け取って被り、車の鍵を取って言った。「私が運転する!」牧野明凛は大人しく後ろに座り、とても自然に内海唯花の腰に手を回して言った。「唯花、あなたが男なら良かったのに。それなら私あなたのところにお嫁に行くわ。それならお母さんから毎日毎日結婚の催促なんてされなくて済むのに」「大人しくしてて、勝手に触っちゃダメよ。あなたをバイクから振り落としちゃうかもしれないわよ!」内海唯花は親友にそう注意してから、バイクのエンジンをかけ、運転した。カフェ・ルナカルドなら内海唯花はよくその前を通っていたが、一度も店に入ったことはなかった。ただ彼女はコーヒーが嫌いだからだ。好きなのは薔薇茶か菊花茶だ。カフェ・ルナカルドに到着すると、お見合い相手はすでに店に来ていた。おそらく女性に好印象を与えるためだろう。男性はスーツに革靴スタイルで紅白ストライプのネクタイをつけていた。手には薔薇の花束を持って入口で待っていた。牧野明凛は親友の手を引っ張り彼のほうに向かって歩いていった。「すみません、河西さんですか?」 河西は牧野明凛と内海唯花を上から下までじろじろ眺め、はじめ彼の今晩のお見合い相手がどちらなのかよくわからなかった。紹介してくれた人はお見合い相手の写真を彼に見せてくれていた。彼はその写真を適当にチラッと見て、女性がとてもきれいだということだけ確認すると、あとは牧野嬢がどのような顔をしているのかまではよく覚えていなかった。紹介した人が彼に薔薇の花束を持って入口で待つように伝えていたので、牧野はお見合い相手が彼だとすぐにわかったのだ。「あな
「牧野さん、もっとゆっくりしていってくださいよ」河西は優越感に浸り、それを見せつけるのに力を入れているところなのだ。今牧野明凛を帰すなんてそんなもったいないことはしたくなかった。「河西さん、すみません、私たち合わないと思います。今後会うこともないでしょう」牧野明凛は直球ストレートで彼に投げつけると、内海唯花の手を引いて去っていった。歩いていると、親友が突然立ち止まって動かなかった。「唯花、どうしたの?」「私の夫だ」「はあ?」牧野明凛がまだそれに反応する前に結城理仁が二人の前に現れた。彼は深く沈んだ漆黒の瞳を内海唯花に落とした。口角を少し上げて何も言わなかった。しかし、内海唯花には彼から漂ってくる皮肉を感じ取っていた。なにを皮肉っているのだろうか?内海唯花は後ろを振り向き追ってきている河西を見てすぐに理解した。彼女はどういうことなのか説明した。「私の友達の明凛がお見合いに来たんです。私は彼女に付き添って来ただけですよ」彼女は別に焦って次を探しに来たわけではなかった。しかし結城理仁は依然として沈黙を保っていた。牧野明凛はここにきてやっと親友のスピード結婚の相手に会うことができた。超クールでカッコイイ!彼女は結城理仁が唯花のことを誤解しないように、事のいきさつを説明した。結城理仁はようやく口を開き冷たく言った。「さっさと家に帰れ」内海唯花は一言「うん」と言って彼に尋ねた。「あなたはどうしてここに?」「ばあちゃんがこの店の菓子を買ってこいと言ってきたんだ。ここのが好きだからな」結城理仁はおばあさんがわざとしたことだとわかった。内海唯花が親友のお見合いに付き添って来ることを知って、わざわざ彼にお菓子を買いに行かせたのだ。内海唯花が他の男と一緒にコーヒーを飲んでいるのを目撃し、孫息子がヤキモチをやくと思ったのだろう。「ああ」内海唯花は簡単にそれに答えると、夫婦はお互い黙ってしまった。結局内海唯花がこの膠着状態を打開して言った。「じゃあ私先に帰ります。おばあちゃんにお菓子を買って持っていてあげてください。ドアはロックしないでおきますから」結城理仁は低く冷たい声で答えて言った。「わかった」夫婦二人はこのようにして分かれた。内海唯花は親友のバイクに乗ってこの店を離れた。結城理仁はお菓子
内海唯花は結城理仁とおばあさんが一体何を話したのかわからなかった。カフェ・ルナカルドで結城理仁に偶然出くわしたことは、最初彼女にとって意外なことだった。しかし、おばあさんが牧野明凛のお見合いに付き添うように言ったことをこれと連想されると、内海唯花は結城理仁がどうしてあの場に現れたのか納得した。でも、おばあさんはどうしてこのようなことをしたのだろうか。結城理仁に誤解させるため?お見合いに行ったのは彼女ではなく、明凛だ。結城理仁があれを目撃したからといって別に......さっきカフェで結城理仁を見た時、結城理仁の表情はいつもよりもさらに霜焼けするほど冷たかった。内海唯花がいくら鈍くても、結城理仁があの時勘違いしたことはわかった。あの時、明凛がお手洗いに行っていて、彼女だけが河西と一緒に座っていたからだ。結局は明凛が戻ってきたので事なきを得た。彼女がすぐさま経緯を説明したので、結城理仁の顔つきは少し和らいだ。内海唯花はただどうしておばあさんが、このようなことをしたのかが理解できなかった。彼女はおばあさんを助けたことはあっても、恩着せがましいことは何もしたことはなかった。おばあさんはずっと彼女を恩人だと言って、いつも彼女によくしてくれた。道理から言えば、彼女をはめるようなことはしないはずだ。どういうことなのか頭で考えを巡らしながら内海唯花は家に帰ると、すぐベランダに行きハンモックチェアに腰掛けた。電気もつけずに外の夜空を静かに眺めていた。結城理仁はというと深夜にやっと帰ってきた。彼が帰ってきた時、内海唯花は夢の中だった。彼女はハンモックチェアでそのまま寝てしまった。結城理仁はそれを全く知らずに内海唯花の部屋のドアが閉まり、明かりも消えていたことから、彼女はもう寝てしまったのだと思った。そしてソファに座りテレビをつけた。彼がテレビを見るのは珍しいことだったが、家の中が静かすぎると思いテレビをつけたのだ。音量は一番小さくしていた。部屋で寝ている内海唯花を起こすと悪いと思ったからだ。「リンリンリン......」携帯が鳴った。表示された相手を見ると、辰巳からだった。「辰巳」「兄さん、大丈夫か?」結城辰巳は電話の中で心配して尋ねた。結城理仁は黙った後、彼に聞いた。「おまえ、ばあちゃんが俺をはめるって知ってたのか」
結城理仁は、おばあさんが彼に送ってきた動画のことを思い出した。内海唯花が熱心にハンドメイド作品を作っている姿はとても魅力的だった。彼は自分が何回も繰り返しその動画を見たことを認めたくなかった。しかし、心の中では認めざるを得なかった。一つのことに集中し自信満々の様子の女性。周りを魅了するその風格。まるで巨大磁石のように、人の目を引きつける人物だ。人は言う。自信のある女性が最も美しいと。内海唯花からは確かに自信が垣間見れた。彼女は粘り強く、自ら努力して向上する女性だ。「俺はこの歳になってもそのヤキモチをやいたことがない人間だぞ。これからもそれは変わらな......、まだ寝てなかったのか?」結城理仁は内海唯花がベランダからやってくるのを見て、少し驚いた。それに結城辰巳は答えて言った。「寝るとこだよ。寝る前に兄さんのこと思い出して電話したんだ。もうちょっとしたら寝るよ」結城理仁は電話を切った。結城辰巳「......」「ベランダに座ってたんです。そしたらいつの間にか寝ちゃってて。あなたが電話してる声で目が覚めたんです」結城理仁は額にしわを寄せて言った。「夜の風は冷たい。体を冷やさないようにしろよ」「心配してくれてありがとう」内海唯花はあくびをした。「結城さん、私先に寝ますね」結城理仁に今晩の出来事について、特になにも話さなかった。結城理仁は何も言わず、彼女の部屋を見ていた。彼女に彼と結城辰巳の話が聞こえていたかよくわからなかったし、聞こえていたとして、どこからどこまで聞いていたのだろうか。ああ、自分のテリトリーに妻という人間が増え、結城理仁は私生活のプライバシーがなくなってしまったと思った。次の日、朝食の時間、結城理仁は内海唯花がどれだけの話を聞いていたのかよくわかった。なぜなら彼の朝食の横には焼き餅が置いてあったからだ。内海唯花は朝食に豚汁を作っていた。夫婦それぞれ一杯ずつで、おにぎりと目玉焼きもあった。お椀の中には刻みネギや、ミツバ、豚肉も入っていた。内海唯花はキッチンから柚子胡椒の瓶を持ってきて、蓋を開け、箸で少しつまんで豚汁の中に入れた。そして、その柚子胡椒の瓶を結城理仁の前に差し出して言った。「少し入れますか?これを入れたらもっと美味しくなるんですよ」「遠慮しておく、ありがと
神崎詩乃は冷ややかな声で言った。「あなた達、私の姪をこんな姿にさせておいて、ただひとこと謝れば済むとでも思っているの?私たちは謝罪など受け取りません。あなた達はやり過ぎたわ、人を馬鹿にするにも程があるわね」彼女はまた警察に言った。「すみませんが、私たちは彼女たちの謝罪は受け取りません。傷害罪として処理していただいて結構です。しかし、賠償はしっかりとしてもらいます」佐々木親子は留置処分になるだけでなく、唯月の怪我の治療費や精神的な傷を負わせた賠償も支払う必要がある。あんなに多くの人の目の前で唯月を殴って侮辱し、彼女の名誉を傷つけたのだ。だから精神的な傷を負わせたその賠償を払って当然だ。詩乃が唯月を姪と呼んだので、隼翔はとても驚いて神崎夫人を見つめた。佐々木母はそれで驚き、神崎詩乃に尋ねた。「あなたが唯月の伯母様ですか?一体いつ唯月にあなたのような伯母ができたって言うんですか?」唯月の母方の家族は血の繋がりがない。だから十五年前にはこの姉妹と完全に連絡を途絶えている。唯月が佐々木家に嫁ぐ時、彼女の家族はただ唯花という妹だけで、内海家も彼女たちの母方の親族も全く顔を出さなかった。しかし、内海家は六百万の結納金をよこせと言ってきたのだった。それを唯月が制止し、佐々木家には内海家に結納金を渡さないようにさせたのだ。その後、唯月とおじいさん達は全く付き合いをしていなかった。佐々木親子は唯月には家族や親族からの支えがなく、ただ一人だけいる妹など眼中にもなかった。この時、突然見るからに富豪の貴婦人が表れ、唯月を自分の姪だと言ってきたのだった。佐々木母は我慢できずさらに尋ねようとした。一体この金持ちであろう夫人が本当に唯月の母方の親戚なのか確かめたかったのだ。どうして以前、一度も唯月から聞かされなかったのだろうか?唯月の母方の親族たちは、確か貧乏だったはずだ。詩乃は横目で佐々木母を睨みつけ、唯月の手を取り、つらそうに彼女の傷ついた顔を優しく触った。そして非常に苦しそうに言った。「唯月ちゃん、私と唯花ちゃんがしたDNA鑑定の結果が出たのよ。私たちは血縁関係があるのあなた達姉妹は、私の妹の娘たちなの。だから私はあなた達の伯母よ。私のこの姪をこのような姿にさせて、ひとことごめんで済まそうですって?」詩乃はまた佐々木親子を睨
一行が人だかりの中に入っていった時、唯花が「お姉ちゃん」と叫ぶ声が聞こえた。陽も「ママ!」と叫んでいた。唯花は英子たち親子が一緒にいるのと、姉がボロボロになっている様子を見て、どういうわけかすぐに理解した。彼女はそれで相当に怒りを爆発させた。陽を姉に渡し、すぐに後ろを振り向き、歩きながら袖を捲り上げて、殴る態勢に移った。「唯花ちゃん」詩乃の動作は早かった。素早く唯花のところまで行き、姉に代わってあの親子を懲らしめようとした彼女を止めた。「唯花ちゃん、警察の方にお任せしましょう」すでに警察に通報しているのだから、警察の前で手を出すのはよくない。「神崎さん、奥様、どうも」隼翔は神崎夫婦が来たのを見て、とても驚いた。失礼にならないように隼翔は彼らのところまでやって来て、挨拶をした。夫婦二人は隼翔に挨拶を返した。詩乃は彼に尋ねた。「東社長、これは一体どうしたんですか?」隼翔は答えた。「神崎夫人、彼女たちに警察署に行ってどういうことか詳しく話してもらいましょう」そして警察に向かって言った。「うちの社員が被害者です。彼女は離婚したのに、その元夫の家族がここまで来て騒ぎを起こしたんです。まだ離婚する前も家族からいじめられて、夫からは家庭内暴力を受けていました。だから警察の方にはうちの社員に代わって、こいつらを処分してやってください」警察は隼翔が和解をする気はないことを悟り、それで唯月とあの親子二人を警察署まで連れていくことにした。隼翔と神崎夫人一家ももちろんそれに同行した。唯花は姉を連れて警察署に向かう途中、どういうことなのか状況を理解して、腹を立てて怒鳴った。「あのクズ一家、本当に最低ね。もしもっと早く到着してたら、絶対に歯も折れるくらい殴ってやったのに。お姉ちゃん、あいつらの謝罪や賠償なんか受け取らないで、直接警察にあいつらを捕まえてもらいましょ」唯月はしっかりと息子を抱いて、きつい口調で言った。「もちろん、謝罪とか受け取る気はないわよ。あまりに人を馬鹿にしているわ!おじいさんが彼女たちを恐喝してお金を取ったから、それを私に返せって言ってきたのよ」唯花は説明した。「あの元義母が頭悪すぎるのよ。うちのおじいさんのところに行って、お姉ちゃんが離婚を止めるよう説得してほしいって言いに行ったせいでしょ。あ
佐々木親子二人は逃げようとした。しかし、そこへちょうど警察が駆けつけた。「あの二人を取り押さえろ!」隼翔は親子二人が逃げようとしたので、そう命令し、周りにいた社員たちが二人に向かって飛びかかり、佐々木母と英子は捕まってしまった。「東社長、あなた方が通報されたんですか?どうしたんです?みなさん集まって」警察は東隼翔と知り合いだった。それはこの東家の四番目の坊ちゃんが以前、暴走族や不良グループに混ざり、よく喧嘩沙汰を起こしていたからだ。それから足を洗った後、真面目に会社の経営をし、たった数年だけで東グループを星城でも有数の大企業へと成長させ、億万長者の仲間入りをしたのだった。ここら一帯で、東隼翔を知らない者はいない。いや、星城のビジネス界において、東隼翔を知らない者などいないと言ったほうがいいか。「こいつらがうちまで来て社員を殴ったんです。社員をこんなになるまで殴ったんですよ」隼翔は唯月を引っ張って来て、唯月のボロボロになった姿を警察に見てもらった。警察はそれを見て黙っていた。女の喧嘩か!彼らはボロボロになった唯月を見て、また佐々木家親子を見た。佐々木母はまだマシだった。彼女は年を取っているし、唯月はただ彼女を押しただけで、殴ったり手を出すことはしなかったのだ。彼女はただ英子を捕まえて手を出しただけで、英子はひどい有り様になっていた。一目でどっちが勝ってどっちが負けたのかわかった。しかし、警察はどちらが勝ったか負けたかは関係なく、どちらに筋道が立っているかだけを見た。「警察の方、これは家庭内で起きたことです。彼女は弟の嫁で、ちょっと家庭内で衝突があってもめているだけなんです」英子はすぐに説明した。もし彼女が拘留されて、それを会社に知られたら、仕事を失うことになるに決まっているのだ。彼女の会社は今順調に行ってはいないが、彼女はやはり自分の仕事のことを気にしていて、職を失いたくなかったのだ。「私はこの子の義母です。これは本当にただの家庭内のもめごとですよ。それも大したことじゃなくて、ちょっとしたことなんです。少し手を出しただけなんですよ。警察の方、信じてください」佐々木母はこの時弱気だった。警察に連れて行かれるかもしれないと恐れていたのだ。市内で年越ししようとしていたのに、警察に捕ま
東隼翔は顔を曇らせて尋ねた。「これはどういうことだ?」英子は地面から起き上がり、まだ唯月に飛びかかって行こうとしていたが、隼翔に片手で押された。そして彼女は後ろに数歩よろけてから、倒れず立ち止まった。頭がはっきりとしてから見てみると、巨大な男が暗い顔をして唯月を守るように彼女の前に立っていた。その男の顔にはナイフで切られたような傷があり非常に恐ろしかった。ずっと見ていたら夜寝る時に悪夢になって出てきそうなくらいだ。英子は震え上がってしまい、これ以上唯月に突っかかっていく勇気はなかった。佐々木母はすぐに娘の傍へと戻り、親子二人は非常に狼狽した様子だった。それはそうだろう。そして唯月も同じく散々な有様だった。喧嘩を止めようとした警備員と数人の女性社員も乱れた様子だった。彼らもまさかこの三人の女性たちが殴り合いの喧嘩を始めてあんな狂気の沙汰になるとは思ってもいなかったのだ。やめさせようにもやめさせることができない。「あんたは誰よ」英子は荒い息を吐き出し、責めるように隼翔に尋ねた。「俺はこの会社の社長だ。お前らこそ何者だ?俺の会社まで来てうちの社員を傷つけるとは」隼翔はまた後ろを向いて唯月のみじめな様子を見た。唯月の髪は乱れ、全身汚れていた。それは英子が彼女を地面に倒し殴ったせいだ。手や首、顔には引っ掻き傷があり、傷からは少し血が滲み出ていた。「警察に通報しろ」隼翔は一緒に出てきた秘書にそう指示を出した。「東社長、もう通報いたしました」隼翔が会社の社長だと聞いて、佐々木家の親子二人の勢いはすっかり萎えた。しかし、英子はやはり強硬姿勢を保っていた。「あなたが唯月んとこの社長さん?なら、ちょうどよかった。聞いてくださいよ、どっちが悪いか判定してください。唯月のじいさんが私の母を恐喝して百二十万取っていったんです。それなのに返そうとしないものだから、唯月に言うのは当然のことでしょう?唯月とうちの弟が離婚して財産分与をしたのは、まあ良いとして、どうして弟が結婚前に買った家の内装を壊されなきゃならないんです?」隼翔は眉をひそめて言った。「内海さんのおじいさんがあんたらを脅して金を取ったから、それを取り返したいのなら警察に通報すればいいだけの話だろう。内海さんに何の関係がある?内海さんと親戚がどんな状況なの
その時、聞いていて我慢できなくなった人が英子に反論してきた。「そうだ、そうだ。自分だって女のくせに、あんなふうに内海さんに言うなんて。内海さんがやったことは正しいぞ。内海さん、私たちはあなたの味方です!」「こんな最低な義姉がいたなんてね。元旦那が浮気したから離婚したのは言うまでもないけど、もし浮気してなくたって、さっさと離婚したほうがいいわ、こんな最低な人たちとはね。遠く離れて関わらないほうがいいに決まってる」野次馬たちはそれぞれ英子を責め始めた。そのせいで英子は怒りを溜め顔を真っ赤にさせ、また血の気を引かせた。唯月が彼女に恥をかかせたと思っていた。そして彼女は突然、力いっぱい唯月が支えていたバイクを押した。バイクは今タイヤの空気が抜けているから、唯月がバイクを押すのも力を入れる必要があった。それなのに英子が突然押してきたので、唯月はバイクを支えることができず、一緒に地面に倒れ込んでしまった。「金を返せ。あんたのじいさんがお母さんから金を受け取ったのを認めないんだよ。じいさんの借金は孫であるあんたが返せ、さっさとお母さんに金を払うんだよ」英子はバイクと一緒に唯月を地面に倒したのに、それでも気が収まらず、彼女が持っていたかばんを振り回して力を込めて唯月を叩いた。さらには足も使い、立て続けに唯月を蹴ってきた。唯月はバイクを放っておいて、立ち上がり乱暴に英子からそのかばんを奪い、狂ったように英子を殴り返した。彼女は英子に対する恨みが積もるに積もっていた。本来離婚して、今ではもう佐々木家とは赤の他人に戻ったので、ムカつくこの佐々木家の人間のことを忘れて自分の人生を送りたいと思っていた。それなのに英子は人を馬鹿にするにも程があるだろう、わざわざ問題を引き起こすような真似をしてきた。こんなふうに過激な態度に出れば、善悪をひっくり返せるとでも思っているのか?この間、唯月と英子は殴り合いの喧嘩をし、その時は英子が唯月に完敗した。今日また二人が殴り合いになったが、佐々木母はもちろん自分の娘に加勢してきた。この親子は手を組んで、唯月を二対一でいじめてきたのだ。「警察、早く警察に通報して!」その時、誰かが叫んだ。「すみません警備員さん、こっちに来て喧嘩を止めてちょうだい。この女二人がうちの会社まできて社員をいじめてるんです」
唯月がその相手を見るまでもなく、誰なのかわかった。その声を彼女はよく知っている。それは佐々木英子、あのクズな元義姉だ。佐々木母は娘を連れて東グループまで来ていた。しかし、唯月は昼は外で食事しておらず、会社の食堂で済ませると、そのままオフィスに戻ってデスクにうつ伏せて少し昼寝をした。それから午後は引き続き仕事をし、この日は全く外に出ることはなかったのだ。だからこの親子二人は会社の入り口で唯月が出てくるのを、午後ずっとまだか、まだかと待っていたのだ。だから相当に頭に来ていた。やっとのことで唯月が会社から出てきたのを見つけ、英子の怒りは頂点に達した。それで会社に出入りする多くの人などお構いなしに、大声で怒鳴り多くの人にじろじろと見られていた。物好きな者は足を止めて野次馬になっていた。唯月はただの財務部の職員であるだけだが、東社長自ら採用をしたことで会社では有名だった。財務部長ですら、自分の地位が脅かされるのではないかと不安に思っていた。唯月は以前、財務部長をしていたそうだし。上司は唯月を警戒せずにいられなかった。さらに、唯月が東社長に採用されことで、上司は必要以上に彼女のことを警戒していたのだ。唯月は彼女にとって目の上のたんこぶと言ってもいい。周りからわかるように唯月を会社から追い出すことはできないから、こそこそと汚い手を使っていた。財務部職員によると、唯月は何度も上司から嫌がらせを受け、はめられようとしていたらしい。しかし、彼女は以前この財務という仕事をやっていて経験豊富だったので、上司の嫌がらせを上手に避けて、その策略に、はまってしまうことはなかった。「あなた達、何しに来たの?」唯月は立ち止まった。そうしたいわけじゃなく、足を止めるしかなかったのだ。元義母と元義姉が彼女の前に立ちはだかり、バイクを押して行こうとした彼女を妨害したのだ。「私らがどうしてここに来たのかは、あんた、自分の胸に聞いてみることだね。うちの弟の家をめちゃくちゃに壊しやがって、弁償しろ!もし内装費を弁償しないと言うなら、裁判を起こしてやるからね!」英子は金切り声で騒ぎ立て、多くの人が足を止めて野次馬になり、人だかりができてきた。彼女はわざと大きな声で唯月がやったことを周りに広めるつもりなのだ。「あなた方の会社の社員、ええ、内海唯
「伯母さんはあなた達が簡単にやられてばかりな子たちだとは思っていないわ。ただ妹のためにも、あの人たちをギャフンと言わせてやりたいのよ」唯花はそれを聞いて、何も言わなかった。それから伯母と姪は午後ずっと話をしていた。夕方五時、詩乃はどうしても唯花と一緒に東グループに唯月を迎えに行くと言ってきかなかった。唯花は彼女のやりたいようにさせてあげるしかなかった。そして、唯花は車に陽を乗せ自分で運転し、神崎詩乃たち一行と颯爽と東グループへと向かっていった。明凛と清水は彼らにはついて行かなかった。途中まで来て、唯花は突然おばあさんのことを思い出した。確か午後ずっとおばあさんの姿を見ていない。唯花はこの時、急いでおばあさんに電話をかけた。おばあさんが電話に出ると、唯花は尋ねた。「おばあちゃん、午後は一体どこにいたの?」「私はそこら辺を適当にぶらぶらしてたの。仕事が終わって帰るの?今からタクシーで帰るわ」実はおばあさんはずっと隣のお店の高橋のところにいたのだった。彼女は唯花たちの前に顔を出すことができなかったのだ。神崎夫人に見られたら終わりだ。「おばあちゃん、私と神崎夫人のDNA鑑定結果がでたの。私たち血縁関係があったわ。それで伯母さんが私とお姉ちゃんを連れて一緒に神崎さんの家でご飯を食べようって、だから今陽ちゃんを連れてお姉ちゃんを迎えに行くところなの。おばあちゃんと清水さんは先に家に帰っててね」「本当に?唯花ちゃん、伯母さんが見つかって良かったわね」おばあさんはまず唯花を祝福してまた言った。「私と清水さんのことは心配しないで。辰巳に仕事が終わったら迎えに来てもらうから。あなたは伯母さんのお家でゆっくりしていらっしゃい。彼女は数十年も家族を捜していたのでしょう。それはとても大変なことだわ。伯母さんのお家に一晩いても大丈夫よ。私に一声かけてくれるだけでいいからね」唯花は笑って言った。「わかったわ。もし伯母さんの家に泊まることになったら、おばあちゃんに教えるわね」通話を終えて、唯花は一人で呟いた。「午後ずっと見なかったと思ったら、また一人でぶらぶらどこかに出かけてたのね」年を取ってくると、どうやら子供に戻るらしい。そして唯月のほうは、妹からのメッセージを受け取り、彼女たちが神崎夫人と伯母と姪の関係で
昔の古い人間はみんなこのような考え方を持っている。財産は息子や男の孫に与え、女ならいつかお嫁に行ってしまって他人の家の人間になるから、財産は譲らないという考え方だ。息子がいない家庭であれば、その親族たちがみんな彼らの財産を狙っているのだ。跡取り息子のいない家を食いつぶそうとしている。それで多くの人が自分が努力して作り上げた財産を苗字の違う余所者に継承したがらず、なんとかして息子を産もうとするのだった。「二番目の従兄って、内海智文とかいう?」詩乃は内海智文には覚えがあった。主に彼が神崎グループの子会社で管理職をしていて、年収は二千万円あったからだ。彼女たち神崎グループからそんなに多くの給料をもらっておいて、彼女の姪にひどい仕打ちをしたのだ。しかもぬけぬけと彼女の妹の家までも奪っているのだから、智文に対する印象は完全に地の底に落ちてしまった。後で息子に言って内海智文を地獄の底まで叩き落とし、街中で物乞いですらできなくさせてやろう。「彼です。うちの祖父母が一番可愛がっている孫なんですよ。彼が私たち孫の中では一番出来の良い人間だと思ってるんです。だからあの人たちは勝手に智文を内海家の跡取りにさせて、私の親が残してくれた家までもあいつに受け継がせたんです。正月が過ぎたら、姉と一緒に時間を作って、故郷に戻って両親が残してくれた家を取り戻します。家を売ったとしても、あいつらにはあげません!」そうなれば裁判に持っていく。今はもうすぐ年越しであるし、姉が離婚したばかりだから、唯花はまだ何も行動を起こしていないのだ。彼女の両親が残した家は、90年代初期に建てられたものだ。実際、家自体はそんなにお金の価値があるものではないが、土地はかなりの値段がつく。彼女の家は一般的な一軒家の坪数よりも多く敷地面積は100坪ほどあるのだ。彼女の両親がまだ生きていた頃、他所の家と土地を交換し合って、少しずつ敷地面積を増やしていき、ようやく100坪近くある大きな土地を手に入れたのだった。母親は、彼女たち姉妹に大人になって自立できるようになったら、この土地を二つに分けて姉妹それぞれで家を建て、隣同士で暮らしお互いに助け合って生きていくように言っていたのだ。「まったく人を欺くにも甚だしいこと。妹の財産をその娘たちが受け継げなくて、妹の甥っ子が資格を持っ
姫華は唯花たちが引っ越し作業を終えてから、ようやく自分がそんなに面白いことを逃したのだと知ったのだった。だから彼女は明凛と唯花に不満を持っていた。明凛は唯花に姫華にも教えるよう言ったが、唯花が彼女はお嬢様だから家をめちゃくちゃにするという乱暴なシーンは見せたくないと思い姫華には伝えなかったのだ。確かに姫華は名家の令嬢であるが、神崎姫華だぞ。神崎姫華は星城の上流社会ではあまり評判が良くない。他人が彼女のことを横暴でわがまま、理屈が通じないというくらいなのだから、そんな彼女が家を壊すくらいのシーンで音を上げるとでも?逆に、彼女自身も機嫌が悪い時にはハチャメチャなことをしでかすというのに。「姉がもらうべき分はしっかりと財産分与させました。ただ内装費に関しては佐々木家が拒否したので、私たちが人を雇ってその内装を全て剥がしたんです」詩乃はそれを聞いて「それはそうすべきよ。どうして佐々木家においしい思いをさせる必要なんてあるかしら」と唯花たちの行動を当たり前だと言った。そして最後にまた残念そうにこう言った。「もし伯母さんが知っていれば、あなた達の家族として、大勢で彼らのところまで押しかけて内装費を意地でも出させてあげたものを。これは正当な権利よ」この時、唯花はふいに姫華の性格は完全に母親譲りなのだと悟った。「唯花ちゃん、もうちょっとしたらお店を閉めて私たちと一緒に神崎家に帰りましょう。家族みんなで食事をするの。そうだ、あなたの旦那さんはお時間があるのかしら?彼も一緒にいらっしゃいよ」唯花は「夫は今日出張に行ったばかりなんです。たぶん暫くの間帰ってきません。彼が帰ってきたら、一緒に詩乃伯母さんのお宅にお邪魔します」と返事した。「出張に行ってらっしゃるのね。なら、彼が帰って来てからお会いしましょう」詩乃はすぐに姪の夫に会えなくても特に気にしていなかった。彼女にとって、二人の姪のほうが重要だったからだ。今、彼女は姪を見つけることができて、姪二人にはこの神崎詩乃という後ろ盾もできた。ちょうど唯花に代わってその夫が頼りになる人物なのか見極めることができよう。「あなたのお姉さんは五時半にお仕事が終わるのよね?」「ええ」神崎夫人は時間を見て言った。「お姉さんはどこで働いていらっしゃるの?」「東グループです」神崎夫人は「そ